koinobori

メールが普及し始めた頃、「メール人格」なる言葉が多少流行っていたと思うのですが、今でも使いますか?例えば、実際は静かな人がメールだと元気モリモリ!みたいに人格が変わってしまうことを指していて、「あ〜あるある」と当時共感した言葉でした。ギャップにちょっと戸惑ってしまう感じ。なぜか、最近はあまりそういう風に思うことがなくなった気がします。「メールと現実、違って当たり前、みんなちがってみんないい」という金子みすゞ的前提が自分の中で出来上がったのでしょうか。

でも、学生なら今でもありそうな気がしますし、手紙の時代でもありそうですよね。ライン人格、手紙人格、電報人格…はみんな同じになりそうですね。バンメシ カレエ(カレー) スグカエレ。ラップ的…。

いつものように前置が長くなりました。いくつか前のブログのタイトルを「そーれ天まで届け、向上心!」と付けました。ちょっと真面目過ぎな内容を書いちゃったかなぁ〜と思ってタイトルに勢いをつけてごまかそうとしたのです。私もまだまだ未熟でした。むやみにテンションが高い感じになってしまって、公開した後で後悔しました(うまい)。タイトルが目に入るたびに恥ずかしくなってしまいました。それで、翌日に「そーれ」を外して「天まで届け、向上心!」としました。え、そこ?って思いますけど、せめてもの、そこ、です。

でもね、タイトルを更新したって、ブログ人格は更新できませんから(うまいね)。本音を言うと、なんだかここ数年、ブログのノリがわからなくなってしまって、妙にハイな文章になってしまいます。

インスタは外国人を意識しすぎてしまうせいか、英語で文章を考え始めた後、日本語を書いたりするので、妙にカタコトになっていたり、説明不足になってしまって、こちらも後からゴロゴロと転げながら穴に入りたくなります。

ツイッターもよくあるツイッターのノリに合わせないといけないのかと思って、日本語がおかしくなりますし、140字のプレッシャーがあります。あと、フォロワーが9人です。(少数精鋭の9名様、ありがとうございます。)

そう、私が私を出せるのは過疎化したフェイスブックにブログを投稿する時だけなのです!!(ツイッターフォロワー9人じゃん、というのは置いておこうね)見てないだろうな〜という気兼ねのなさで、適当なことを思う存分かけるのです!むしろ、FBの投稿に添える文章こそがブログ本体だと思っていただければ!


本日の絵はブログを更新しながら穴に入りたい私の心境を表しました。
(こどもの日の絵で、人面魚と人面犬を書きました。)